はじめまして(2)

2022.11.13

日々のこと/志波大輔

志波の自己紹介の続きとなります。
始まりはデザインそしてnendoとの出会いの話から。

[デザイン/nendoとの出会い]

デザインの世界との出会いは、とある雑誌のコラムでした。
雑誌の名前は忘れましたが、特集されていたのは大地真央さんの旦那さんであるGLAMOROUS 森田恭道さん。その華々しい世界と、デザイナーという響きに心打たれました。お恥ずかしい話ですが、かっこいい!モテそう!そんな不純な気持ちも沢山ありました。なんならほとんど不純だったかもしれません(笑)わざわざ国立大学を出ておきながら、その道を捨てることがどれほど勿体ないかと思いましたが、あの時思い切った自分を褒めてあげたいのと、喧嘩もしましたが、応援してくれた両親に感謝しています。

そんなデザインの世界への第一歩は専門学校。体験授業が楽しすぎて、入学を決めました。今思えば小学生の頃、大好きだった図画工作の時間と重なったような気がします。ちょっとヘンテコリン(いい意味で)な先生にも興味がありました。

入学して間もない授業の課題で、ミラノサローネというイタリアのミラノで行われる、世界で最も大きなデザイン見本市についてリサーチするというのがあったんです。
この時出会ったのが、佐藤オオキさん率いるデザインオフィスnendo。レクサスのインスタレーションに雷に打たれたような強い衝撃を受け、そのコンセプトやデザインに一瞬で魅了されました。またオオキさんが早稲田の建築出身であることも、自分が建築からデザインという道を進んでいることと重なり勝手に親近感を持っていました。何より初めて働きたい会社が見つかったことに喜んだことを今でも覚えています。その後2回のインターンを経て入社させていただき、東京での修行が2010年から始まります。

ちなみにこのインターンも衝撃的でした。初日は確かエステーへの提案用建築模型の作成。nendoはプレゼン資料づくりにかなり力をいれており、インターン学生の仕事はほぼ模型作りでした。夜9時頃にひと段落し、さぁ帰ろうかと支度をしていると、先輩が「ごめ〜ん!」と走ってきたのです。追加案が出たからもう一つ作ってほしいということで、結局朝まで模型を作りました。今はそんなことしていないでしょうが、当時はこれが当たり前でした。他にも数々の洗礼を浴びて少し怯みました、一流での経験は独立には必須だと思い入社を決意したのです。

左:専門学校時代。当時はシャツが派手でしたが、今はパンツと靴下が派手です。
右:インテリアデザインに目覚めた頃の一冊、タイトルをメールアドレスにするくらいでした。

[nendoでの修行]

配属されたのはプロダクトデザインチーム、ディレクター1名(上司)とデザイナー4名ほどのチームでした。
毎日3Dモデリングソフトでデータを作ったり、それをフォトショップでレタッチして、イラストレーターでプレゼン資料を作ったり、3Dプリンターで出力されたモデルをヤスリで整えたり着色したりと、粉まみれ、塗料まみれの日々でした。
入社条件としてシェードという3Dモデリングソフトが使えることが必須だったので、学生時代から独学で学んでいたのですが、入社するとライノセラスに変わってる出落ち具合。何とかこれもマスターして仕事に取り組みました。
さらに当時は神奈川県の川崎に家を借りていたので、当時会社があった目黒まで原付で3~40分かけて原付で通勤していました。白バイにも頻繁に捕まえられ、とにかく修行という名にふさわしい激動の日々でした。

nendo入社したての頃、屋上で食べるランチタイムが楽しみでした。
この写真の一番右にいるドイツ人のDavid(ダービッド)とは今でも交流があります。


働きはじめてしばらく過ぎた頃、建築出身ということもありインテリアチームへ異動となり、国内外さまざまなプロジェクトに従事しました。そのタイミングでデザイナーからディレクターに昇級し、社内におけるプロジェクトマネジメント兼制作のような立場で仕事をさせてもらいました。
けれど相変わらずの忙しい日々で、数日家に帰れず床で寝ることもしばしば。丁稚奉公のような働き方だったので、金銭面でも苦労しました。ですがすべては自分で独立するための修行である!それだけが心の支えでした。目の前にあった100円ローソンで、毎日100円使うかどうかを悩んでいたのが今ではいい思い出です。

国際的帽子デザイナー・平田暁夫氏の展示会スターバックスの期間限定ショップ安藤百福センターのために作られたツリーハウスカンペールの店舗デザイン(スペインの靴ブランド)、など様々な面白いプロジェクトに携わりましたが、やはり特に印象的だったのは2012年のミラノサローネ(世界で一番大きなデザインの見本市)に同行したことでした。
nendoを知ったきっかけの見本市でもあるし、オオキさんがエルデコのデザイナーオブザイヤーを受賞される姿を目の前で見れたのは最高の思い出です。ちなみにオオキさんがテレビに出演されると、この時の映像が良く使われるんですが、その時観客席にいる僕も写ってるんです。とてもわかりづらいですけどね(笑)

2012年 ミラノサローネでの打ち上げの一幕。
この時のメンバーは戦友と呼ぶにふさわしい方々でした。


その後も引き続きデザインと向き合う日々を送るのですが、その忙しさから自分の心の中にクリエイティブを楽しむ気持ちがなくなっていることに気がつき、2013年、nendo生活を終えることとなりました。
たった3年でしたが、濃度的には3倍くらいの濃厚すぎるデザイナー生活は、まるでドラゴンボールの精神と時の部屋のよう。(古い例えでごめんなさい)
デザインや仕事、人生に対する考え方の基礎を作らせてもらったことには感謝しかありません。ちなみに今でも当時の夢を見ることがあるので、相当印象深かったのでしょう。

ここから1年ほどのリフレッシュ期間を経て、帰阪。
はじめまして(3)へ続きます。